2010年11月8日月曜日

ヤング・ヤクザ 4/10 稲川会ドキュメンタリー


今回初めてこんな動画を見ましたが、ますます稲川会を応援できますね。
最近、様々な犯罪がおおく見られます。やくざさんも冷や汗かきそうな残酷な事件も多いです。
こんなご時勢でどうしてやくざを批判できるのだろうかなとも思います。

おかしな不良を町に野放しにするよりも、皆さんががんばって欲しいと思います。

私はブログで中国問題を扱ってますが、中国の存在は私たち日本人の上に大きくのしかかってます。
これはやくざなどをしのぐ社会悪になりつつあります。
そして、現在、日本のまちにのさばりつつある中国勢力を排除する上でも、やくざを毛嫌いしてはいけないのではないでしょうか。
それ以上に怖い存在がいっぱいいるのですから。

2010年11月7日日曜日

男のロマン――フランス外人部隊

私の性格も馬賊的な性格です。
放浪癖もありますね。
それらを考えるとき、私はかたぎですが、稲川会が好きですね。
なんと言っても、モロッコの辰がいたことです。
じつは私もフランス外人部隊に行きたかったのですが、ラッパに起こされ、ラッパを聴きながら寝るという生活がいやな気がしました。
自衛隊(第一空挺団 ^^)で懲りたわけですが、給料は安くても外人部隊のようなところで、一生過ごしてもいいかなとも思いました。

外人部隊はフランスの拡張期には多用されました。一時期、つまり、モロッコの辰が行きたがったアルジェリア紛争、インドネシア紛争(ベトナム戦争の前はフランスががんばってました。)などの時には、兵力10万まで膨らみました。かなり死んだと思いますが。
(彼らは死を恐れず、弾も避けず、黙々と死の行進をしたそうです)
私はそんな彼らにあこがれました。
が、フランスがおとなしくなると、外人部隊も元気がなくなり、ほとんど、道路整備やたまの訓練だと聞かされ、そんなところへ行っても退屈だな(じじつ自殺者が多かった)と思い、やめました。
一時外人部隊を中心とする秘密地下組織もあって、第一落下傘連隊がクーデターを企てましたが、つぶされました。確かに傭兵というものは、その国の脅威ともなりうるのです。
(その後、第一落下傘連隊はつぶされ、現在あるのは第二落下傘連隊のみとなりました。)
そのころの外人部隊の舞台はアルジェリアだったのです。独立した今でもフランス系が多いのですが。


ここにこられる方のなかにはその筋の人もおられるかもしれません。
極東組はテキヤであり稲川会は博徒です。
テキヤは職業であり、彼らがいないとお祭りがつまらなくなります。
博打は職業とはいえませんが、マカオでは商売としてまかり通っています。
これで食っていければ楽しいのですが、リスクが大きすぎてどうも……。
パチンコでもあまり勝てませんし。
中国人でも若いカップルがマカオで大負けしてばっくれたら、実家にまでヒットマンが忍んできて、見事殺されたらしいです。中国人はお金に対してはきっちりけじめをつけるらしいですね。
彼らは人口が多いせいか、人を殺すことにためらいを見せません。アリを踏み潰すようなもんです。

2010年10月14日木曜日

Berryz Koubou - Dschinghis Khan (PV) (jingiskan)



な、なんだこりゃ!! てめえ、こんなどうがだすんじゃね~~ とか言われそうですが――実はジンギスカンのことについて語りたかったのですが、ほかに動画が無かったので。私は日本が産んだ誇れる宝だと思うのですが。


ジンギスカンは男のロマンにも思えます。少なくとも私のなかではそうです。
モンゴルがいかにして強大な帝国を造ることができたか。
秋の夜長に、片っ端から本を紐解いたり、図書館で調べたり、映画、動画を探したり、1000年近い時をさかのぼるというのも――それを知ることこそ壮大なロマンですね。

私が唯一座右の書としていつも手元においていたのが「モンゴル帝国史」という本です。これはかなり古い本ですけどね。市販されていますよ。

2009年11月1日日曜日

馬賊の歌






新撰組



私は根っからの戦国派だったので幕末とか新撰組などにはまったく興味がありませんでした。
私が中学のときにも新撰組のドラマをやっていて、友だちが「新撰組かっこいいね~」といってドラマの自慢をしていましたが、やっぱり興味はありません。当時は織田信長の研究の真っ最中だったのです。

新撰組に興味を覚えたのはたぶん、アニメ「るろうに剣心」の影響だったと思います。

幕末の剣客たちを題材にして、あれほどまでに完成度の高い作品を作り上げたことには、まったく敬服します。
そこでは剣心の活躍をメインにして、新撰組の隊士たちの活躍を角度を変えて、まるでメインテーマのように生き生きと描き出しています。

沖田総司を始め、土方歳三などが生き生きと描かれていますが、なかでも興味を抱いたのは「斉藤一」でした。
数々の映画やドラマの中ではあまりスポットライトを浴びていませんが、洗練された「突き」技は最強と歌われていました。

斉藤を皮切りに私はどんどん新撰組にはまり込んでいきました。

戦国期から江戸初期にかけて数々の剣豪が生まれましたが、幕末にいたって、その激動の時代、自らを守る術として、また敵を刺殺するテロリズムの手段として、各々がその研洗研洗に努めました。
かの勝海舟でさえ北進一刀流の免許皆伝を許されておりました。


彼らはラストサムライとして剣と侍の時代の幕を引いたのです。




土方歳三は新生「北海道共和国」の陸軍総裁として、そして、最後の新撰組隊士として、五稜郭において戦死した。

だが、戦死と伝えられるのみであり、政府軍の必死の捜索にもかかわらず、その遺体は見つからず、ロシアに渡ったとも噂されている。